おじいちゃんの思い出

私のおじいちゃんは大正元年生まれでした。

戦争に行った事があったようです。こどもの頃、おじいちゃんの部屋の引き出しの中に、戦艦の前での集合写真が一枚入っていたのを見たことがありました。

おじいちゃんから戦争の話を聞いたのは一度だけ。小さい頃、学校にお弁当を持っていき、お昼に食べようと思ったらもうなくなっていたんだよ、という話でした。

(それは、ごはんの真ん中に梅干を入れただけのいわゆる日の丸弁当というものでした)

大正元年生まれだったので、小さい頃の話は第一次世界大戦の最中か直後あたりの頃の話でしょう。

そして、戦艦の前の集合写真は第二次世界大戦の時のものでしょう。

一生のうち、二度も世界大戦を経験したのですね。


おじいちゃんから聞いた話は、お弁当が盗まれたという話だけでした。

よく考えてみたら、戦争の中の悲劇がそんなものだけのはずはないのです。私の父も「おじいちゃんはこんな目にあったんだ」という話はしません。おじいちゃんの妻であったおばあちゃんからもそういった話は聞きませんでした。

きっとおじいちゃんは、自分が体験した事を誰にも話さなかったのだと思います。


元ダンナを紹介しに実家に連れて行った時、おじいちゃんが居間に座って開口一番にしたのが「お墓の中から出てきました」という挨拶でした。

もうお墓の中に入っていてもおかしくないのに、まだ生きているんですという自分をへりくだった表現なんだなとその時は思ったのですが・・・

おじいちゃんは戦争から帰ってきたあと、会社に勤めて定年まで勤務をしました。

持論を展開することの皆無だった人でしたので、たまに言う言葉というのが記憶に残ります。

それは、「人生は競争だ」と言っていたことです。

戦争も競争、会社に入ってからも競争、と思っていたのでしょうね。


よく、庭の草むしりをしていました。

地面を見つめて何時間もむしっていました。誰にも話せない事を、自問自答していたのかもしれませんね。

私があの世に行ったら、もう私も子供じゃないから、おじいちゃんの話聞けるからね。一緒に話をしようね。


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