ナショナリズム覚え書
「ナショナリズム」や「愛国心」という言葉を使う時、皆、少なからぬ違和感を覚えてはいないでしょうか。
きっと他に適当な言葉がなく、その言葉を使わざるを得なかったり、または本来の意味から外れている者達が「自分達はナショナリストだ」と言ったりするので、もっともらしく聞こえてその実、非常に曖昧なものになっています。
ジョージ・オーウェルのエッセイの中に「ナショナリズム覚え書」(1945年)というものがあり、オーウェルもこの曖昧さには疑問を持っており、そのエッセイの中でナショナリズムの本質について分析をしています。もう70年以上前には、オーウェルはこのナショナリズムというものの定義について考えていたのでした。
以下、文中からの抜粋です。
~ナショナリズムと愛国心を混同してはならない。両者ははっきり区別しなければならない。私が「愛国心」という場合、自分では世界中でいちばんよいものだとは信じるが他人にまで押し付けようとは思わない、特定の地域と特定の生活様式に対する献身を意味する。
愛国心は軍事的な意味でも文化的な意味でも本来防御的なものである。
それに反して、ナショナリズムは権力欲と切り離すことができない。すべてのナショナリストの不断の目標は、より大きな勢力、より大きな威信を獲得する。といってもそれは自己のためではなく、彼がそこに自己の存在を没入させることを誓った国なり何なりの単位のために獲得することなのである。~
~ナショナリズムとは、何事ももっぱら、あるいは主として、威信競争と関係づけて考える人間である。積極的ナショナリストもあれば、否定的ナショナリストもあるがーーー
つまり、もりたてることに精神的エネルギーを使うこともあれば、引きずりおろすことに使うこともあるがーーーとにかくその考えは常に勝利、敗北、栄光、屈辱といったものを中心として動く。ナショナリストは歴史、特に現代史を、大きな勢力の果てしない興亡として見、すべての事件を味方が上がり坂にあり憎むべき敵は下り坂にあることの証拠だと感じる。しかし最後に、ナショナリズムを単なる単なる成功礼賛と混同しないことが大切である。ナショナリストは単に強い方に味方するという主義に基づいて動くものではない。
逆に、いったん自分の立場を決めた以上は、それがいちばん強いのだと自分に言いきかせ、いかに形勢が非なる場合でもその信念を守り通す。ナショナリズムとは自己欺瞞を伴った権力欲といえる。すべてのナショナリストはおよそ卑劣ないかさまもあえて辞さないが、それでいてーーー何か自分よりも大きな存在に殉じているという意識があるのでーーー自分が正しいと信じて疑わないのである。~
(抜粋終わり)
エッセイを読んでの私なりのまとめですが、ナショナリズムには国境がないというように受け取れました。つまり、「わが国」なり「わが民族」と打ち出す割に、国の枠内を超えた行動をするというところが既に矛盾していると思います。
また、オーウェルはナショナリズムの様々なパターンについても言及しており、「不安定」なナショナリズムの一例として、偉大な国家的指導者や民族主義運動の創始者が、彼らが栄光あらしめた国の国民でないような場合すら決して少なくないと指摘しています。
時には純然たる外国人の場合もあるが、それよりも国籍の判然としないような辺境地帯の出身のことが多いとのことです。(例)スターリン(チフリス出身)、ヒトラー(オーストリア生まれ)、ナポレオン(コルシカ島生まれ)他4名・・・
これは確かに、理屈としてはおかしな現象ですよね。
要するに、私達が思っている「ナショナリズム」とは、国のためを思ってのことではないと考えて良さそうです。
「ナショナリズム」=「権力欲」と覚えておけば間違いがなさそうです。
ツイッターで、スティーブ・バノンという人物が、トランプ政権の首席戦略官・上級顧問に抜擢をされ、こう語ったというのを見ました。
「私は白人ナショナリストではなく、ただのナショナリストだ。経済ナショナリストだ」
オーウェルの説明したナショナリストの実例というものを、このバノン氏があからさまに語ってくれてはいませんか?
そして、この言葉の中にはすでに矛盾があります。
自らナショナリストを「〇〇ナショナリスト」と定義しておきながら、「ただのナショナリストだ」とも言っている。
オーウェル的な観点からすると、「ただのナショナリスト」というものは存在しないはずであります。何かしらの強い目的があるはずですからね。
しかし、ひとついい考え方も得たような気がします。何でも一緒くたに「ナショナリスト」「ナショナリズム」と呼ぶのではなく、これからは「〇〇ナショナリスト」「〇〇ナショナリズム」と、内容がはっきりとわかるような呼び方をしていけばいいのではないでしょうか。
右であれ左であれ、わが祖国 / ジョージ・オーウェル 鶴見俊輔 編(平凡社・絶版)
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