一房の葡萄
10月の秋の読書旬間に、二男の学校のブックトークで、有島武郎の「一房の葡萄」の朗読をしようと考えています。
自分で読んでいなくても、小さい頃にこんな話を読んで聞かせてもらった、あの時の話をもう一度自分で本で読んでみたいと、子ども達が大きくなってから思い出してくれるかな?という期待を込めてやってみます。
文庫で15ページの短いお話、持ち時間の20分で出来るだろう。
障害のある長男のお気に入りのNHKのこども番組の録画ビデオの中で「てれび絵本」というシリーズがあり、篠田三郎(ウルトラマンタロウの人)がこの一房の葡萄の朗読をやった回がありました。
それを参考にして練習をしているのですが、篠田さんのようにうまく出来ない・・・
なんというか、私の場合、力が入りすぎてしまうのです。自分が声に出しながら同時に感動しつつ読んでしまっているので、力が入り過ぎないように練習中です。
お話のあらすじはこんな感じです。「僕」は、横浜の西洋人が多く通う学校にかよっていました。僕は、クラスメートのジムが持っていた舶来の上等な絵の具、とりわけ藍と洋紅の絵の具をうらやましく思っていました。あの絵の具だったら、どんな絵でも見違えるほどきれいに見えると。
ある時、僕はその2色をジムの絵の具箱から盗んでしまいます。しかし、それはすぐにジムとその仲間達に見破られ、ジム達は僕を連れて先生(女性)のところへ言いつけに行きます。
以下、後半の4ページ分。
「そんなに悲しい顔をしないでもよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたもお帰りなさい。そして明日はどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ。きっとですよ」
そういって先生は僕のカバンの中にそっと葡萄の房を入れて下さいました。僕はいつものように海岸通りを、海を眺めたり船を眺めたりしながら、つまらなく家に帰りました。そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。
けれども次の日が来ると僕はなかなか学校に行く気にはなれませんでした。お腹が痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。
仕方なしにいやいやながら家は出ましたが、ぶらぶらと考えながら歩きました。どうしても学校の門をはいることは出来ないように思われたのです。けれども先生の別れの時の言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけはなんといっても見たくてしかたがありませんでした。僕が行かなかったら先生は悲しく思われるに違いない。もう一度先生のやさしい眼で見られたい。ただその一事があるばかりで僕は学校の門をくぐりました。
そうしたらどうでしょう、先ず第一に待ち切っていたようにジムが飛んで来て、僕の手を握ってくれました。そして昨日のことなんか忘れてしまったように、親切に僕の手をひいて、どぎまぎしている僕を先生の部屋に連れていくのです。僕はなんだか訳がわかりませんでした。学校に行ったらみんなが遠くから僕を見て「見ろ泥棒の嘘つきの日本人が来た」とでも悪口をいうだろうと思っていたのに、こんな風にされると気味が悪いほどでした。
二人の足音を聞きつけてか、先生はジムがノックしない前に戸を開けて下さいました。二人は部屋の中にはいりました。
「ジム、あなたはいい子、よく私の言ったことがわかってくれましたね。ジムはもうあなたからあやまってもらわなくてもいいと言っています。二人は今からいいお友達になればそれでいいんです。二人とも上手に握手をなさい。」と先生はにこにこしながら僕たちを向かい合わせました。僕はでもあんまり勝手過ぎるようでもじもじしていますと、ジムはぶら下げている僕の手をいそいそと引張り出して堅く握ってくれました。僕はもうなんといってこの嬉しさを表せばいいのか分らないで、唯恥ずかしく笑う外ありませんでした。ジムも気持ちよさそうに、笑顔をしていました。先生はにこにこしながら僕に、「昨日の葡萄はおいしかったの。」と問われました。僕は顔を真赤にして「ええ」と白状するより仕方ありませんでした。
「そんならまたあげましょうね」
そういって、先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏で真中からぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。真白い手の平に紫色の葡萄の粒が重なって乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。
僕はその時から前より少しいい子になり少しはにかみ屋でなくなったようです。
それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたのでしょう。もう二度とは遭えないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれど、それを受けた大理石のような美しい手はどこにも見つかりません。
一房の葡萄 / 有島武郎 (岩波文庫・緑)
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