宿なしルンペンくんの話

カレル・チャペックの「長い長いお医者さんのお話」の中のお話のうちのひとつ。

前回は、同じ長い長い~の中に収録されているチェコのカッパのお話を紹介しましたが、今回は同じく長い長い~に収録のホームレスのお話を紹介します。


むかしあるところに、ひとりのまずしいルンペン(いわゆるホームレスのこと)がいました。名前をフランティシェク・クラールといいました。(クラールとは、王さまの意味)

他の人からほどこし物を受けることはあっても、決して他の人の物を勝手に盗ったりすることのない正直者でした。

ある時、ひとりの立派な紳士がクラールのそばを通りかかり、その時に一塵の風が吹いて紳士の帽子が飛ばされ、紳士はクラールにこのカバンを預かっていてくれと言って、紳士は帽子を追って去ってしまいます。紳士は待てども戻ってはこなかったのですが、待ち続けて立っていると警察官に怪しいと言われてクラールは逮捕されてしまいます。バッグの中身を調べてみると、大金と一本の歯ブラシが入っていました。

取り調べを受けるうちに、このルンペンが人殺しをしてその大金を得たのだと疑われ、死刑の判決が出る間際に、カバンを預けた紳士が現れて、クラールの無実が証明されるわけなんです。ひとつも嘘を言っていなかったので。

それで警察官たちはクラールのことを「ルンペンも大ぜいいるが、あなたのような人は言ってみれば、鳥の中の白いカラスですよ」と褒めたのです。

カバンの預け主の紳士はクラールに、家を1軒くらい買えるお金をお礼に差し上げたのですが、クラールのポケットに穴が開いていて、クラールはそのお金を落っことしてしまうのです(ガク…)

その夜、畑の中の小屋にもぐりこんで眠ったあと、朝になって小屋の前の垣根を見てみると、白いカラスがとまっていました。

白いカラスは言葉をしゃべることが出来るのだと話しました。白いカラスは、教会の中に白い羽を付けた人間のような顔をした大きな鳥がかいてあるのを見たことがあると言います。

クラールは「それは天使のことだろう?」と言います。

クラールは「ぶちまけて言うとね、」「じつは、俺も白いカラスだと言われているんだよ」

と白いカラスに話をします。


カラス   :「クラール(王さま)ですって?あんたが?」「うそばっかし、そんなみすぼらし

     い王さま(クラール)ってあるもんですか。」

クラール:「ところが、おれはそのみすぼらしいクラールなのだよ。」

カラス    :「じゃ、いったいどこのお国のクラールなの?」

クラール:「どこって、いたるところさ。ここにいてもクラールだし、スカリッツェへ

     いっても、トゥルトゥノフへいっても、どこへいったってクラールはクラールだ

     よ。」

カラス    :「では、イギリスで王さま(クラール)はどう?」

クラール:「イギリスでだって、やっぱりクラールさ。」

カラス    :「でも、フランスじゃそうじゃないでしょう?」

クラール:「なあに、フランスでだって同じことさ。おれは、どこへいってもクラールなん 

      だよ。」


・・・こうして、その白いカラスは、今日ちょうど白いカラスの王さまを決める会議が開かれることになっており、クラールのことも選に入れると言って、正午までここで待っていてくれと言って飛んでいきました。クラールは待っていたのですが白いカラスがなかなか帰ってこないので、12時を過ぎるとパンをもらいに歩きだしてしまいました。

クラールが白いカラスの中の王さまに決まったという知らせを持って戻ってきた時にはもうクラールの姿はなく、黒いカラスを呼び集め、世界の隅々まで飛んで行って、フランティシェク・クラールのことを探し出して、クラコルカの森の中にあるカラスの御殿にお連れもうせと命じたのです。

それ以来カラスは「クラール!クラール!」となくようになり、冬になって仲間と一緒に集まった時などふと思い出しては「クラール!クラール!」となきながら森や畑の上を飛んでいくのだ

・・・ということです。


白カラスとクラールの会話、ある意味嚙み合っていて、ある意味噛み合っていないのですが、たいていの人はこのやり取りの部分、面白ろ可笑しく読む部分だと思うのですけれどね。私の場合、胸に込み上げてくるものがあり、最初に読んだ時は嗚咽してしまいました。

一文無しでも、どの国にいても、自分は自分なのだ、・・・という真理があったからだと思います。

この本が本国のチェコで出たのが1931年、押し寄せてくる全体主義の波に抵抗をしようとして書かれたものなのだと思います。


※このボーダーレスな視点はチャペックの寓話集(「こまった人たち 」平凡社ライブラリー収録)の中でも移民・難民に関する意見が述べられています。

〖地方の市民〗

~スキャンダルだ!この地方の貧乏人はどうしてこんなになったんだ、この地方ではほかからやってきた物乞いさえ食べ物がもらえないとは!~ 1937年(チャペックが亡くなる前の年。チャペックの兄がゲシュタポ(ドイツの秘密警察)に捕まるのがチャペックが亡くなった次の年)

(宿なしルンペンくんを読むと、どうやら当時のチェコでは宿はなくても食べ物をほどこしてくれる人々が絶対数いたような感じを受け取ることができます。そういった状況から上記の言葉が出てきていると思います。日本とはちょっと違いますね。日本ではゴミ箱の中を探す人をよく見かけますから。絶対数いれば、ゴミ箱を見る必要はありませんからね。指摘するだけなら誰でも出来るって?ええ。ですので、見かけた以上は必ず、ゴミ箱見なくてもいいようにしてあげてますよ。300円くらい渡して。)

日本でのチャペックの扱いは好きではありません。ユーモアがあるところやおしゃれな部分だけもてはやされています。


チャペックの兄、ヨゼフによる挿絵



クラールは逮捕され裁判所へ



1年ほど投獄されます(紳士はその間も帽子を追い続けているところはホラ話テイスト)



クラールと白いカラス



集まって昔のことを思い出し「クラール!クラール!」と鳴く黒いカラスたち

カー!カー!→

クワァー!クワァー!

クラール!クラール!


長い長いお医者さんの話   /  カレル・チャペック(岩波少年文庫):中野好夫  訳



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